瀟洒、典雅

日々思ったこととか、学んだことをアウトプットしていく

雑感

ここ最近、いろいろなことがめんどくさい。

仕事、友達、恋愛、文章を書くこと、あらゆることがたかのしれたことのような気がする。

もうこの世のどこにも、美味しいところは残っていないような。

無味乾燥、そんな気分。

友達たちを、自分から遠ざけた。それでなんとなく孤独な気分になっている。正直寂しい。

でも、また前みたいにちゃんとコミュニケーションとって、笑って、ってやるのがもうどうにも面倒くさいのだ。ほんとうにエネルギーが下がっている。

以前好きだったものへの興味も下がってきている。

これは何なのだろう。一段階上にいこうとしている?それとも停滞している?なんだろう

久々に

今まで、心が叫びたいことを文章にしてきたけど一ヶ月くらいそれを忘れていた。

心が叫びたいことがなかった。

毎日、抑圧されて自分を責め続ける日々。

周りの人はすごく好きだけど、自分の無力さを自覚させられ続けて心が泣いていた日々。

今日、久々に晴れた気がする。

何も変わってはいないけれど、私は。

でも、わたしには何もないんだと気付いた。

みんな、きっとそうなのだ。

何もない、全てもっていそうに見える人も実は何もない。

気持ちだけだ、きっと、何かをやりたいったいう気持ちだけなんだ、私が持っているのは。

好きな人、助けたい人、たくさんいる。

逃げずに向き合わなきゃいけないと思う。

自分で選んだ場所で生きているか?

時々、まだ幼かった頃の夢を見る。

夢の内容は全く覚えていないのだけれど、まだ私は実家に住んでいて、家族と一緒にいる。そして、ふっと目覚めて、あ、私いま東京にひとりなんだ、と気づいて悲しくなる。

最近は減ったけれど、まだ時々ある。

まだ実家にいた頃は、私は守られていた。

幼少期は家族の中で、小学校は学区内の決められた小学校で。

自分で自分の居場所を選択する必要はなかった。

でも、大学からは、自分の生きる場所は自分で探さなくてはいけなくなった。

そこから、色々な場所に居たし、色々な新しい人にあったし、もう今はどこで何をしているのかも分からない人もたくさんいるし、もうあまり思い出せない場所もたくさんある。

今働いている会社だって、周りにいる人々だって、私が選んだのだ。

選択することがこわくて、私はいつも自分からは何もしてこなかった。

けれども、今は間違いなく小さな選択をしてきた結果だ。それがすごくこわい。

だって、守られてきた時間のほうがまだ私のなかでは長いのだから。

写真は

写真はキライだと思っていたけれど、台風の夜に過去5年位の写真を整理していて、すごくセンチメンタルな気持ちになっていて、やっぱり写真って撮れる時に取ったほうがいいよなと思った。

だって写真って、見るだけで撮った当時のことを瞬時に思い出せる。

この時、こんな気持だったよなあ、とか。

この時のファッションこんなに尖ってたけど、この時は私の哲学に沿って生きてたんだよなあとか。

この人のこと、一時期すごく好きだったよなあとか。

この時の自分に比べて、今の自分成長したよなあとか。

昔の馬鹿な自分、かわいいよなとか。

だから、写真、キライだけど撮るようにしよう。

そう、Googlephotoもあるし。

もっと刹那的に生きたい

私は、どうもだめだ。

1年先のこととか、将来のためにいま苦労しておかなきゃ、とか、考えてしまうほうだ。

もっと今が楽しいなら、今にお金使ったり、明日のために、あまり会わなくなるかもしれないあの人のために、何かやる、みたいなことをもっとやらなきゃいけないと思う。

後先考えずに生きてみるってのをやらなきゃいけない。

後を考えすぎだ、これでも。

もっと刹那的に生きたい

24歳前後で、楽しいことがそれまでと比べてかなり増えたように思う。

24歳までは、割とサステナブルな生き方をしなくちゃという気持ちで生きていた。

毎日の食事は出来るだけ安くおさえて、服も、長く使えるものを。

3年先のことを考えて、今苦労したりスキルを身に着けたりしなくちゃ。

でも、ほんとうの意味で楽しくはなかった。

虚勢を張って楽しそうに見せたり、楽しそうなのはすべてブランディングであった。

24歳の時、その後私の人生のなかでかなり大事な位置づけになる人々に出会って。

今までの人生で高校が割といちばんたのしくて、休みの日に自転車で学校に行って

近くのコンビニでお菓子をたくさん買ってみんなで食べたり、

近くの丘の上にある公演でみんなで走りまわったりした、そんなキラキラした思い出がたくさんあるのだけれど、そんな感じだ。

忘れていたけれど、高校の時も思い返せば刹那的に生きていた。

今、その頃のことを思い出している。

現在、東京で1人で暮らしていて、独身でお金も最低限の生活をするのと毎週好きな人々とご飯を食べるくらいはあって、すごく自由だ。

何をしてもいいし、何もしなくてもいい。

土曜日の19時くらいの気持ちである。

だから、なんというかそんなに後先考えなくてもいいのかなと思う。

今をちゃんと生きていれば、すごく不幸になることはきっとない。

芸術について思うこと

芸術について思うこと
芸術がもし、この世になかったらどうだろう。
小さい頃、人間がこの世に許されているのは美しいもの、例えば音楽とか建築物を生み出せるからであると信じていた。
歌手は、世界が始まって初めて生まれた職業だという。
例えば、芸術品がなくなってしまったら、生きていく分には何も困らないかもしれない。
でも、間違いなく味気なくなるだろう。
最後に残る人間の仕事は芸術品をつくることではないかと思う。