瀟洒、典雅

日々思ったこととか、学んだことをアウトプットしていく

自分の課題でなくなったら途端に関心がなくなる

昔からそうだった。
いつだって、解決したいと思うことに対する熱量は高く必死になれた。

例えば、理不尽な教師に苦労させられている時は日本の教育を変えたいと思っていた。

自分が田舎にいる時は、もっと地方創生に力を入れたいと思っていた。

でも、中学校を卒業して自由を手に入れて、就職で東京に状況したら、これらの悩みはどうだってよくなった。

辛いことも、悩んでいることも嬉しいことも悲しいことも移り変わるなかで

どうやって人生かけて解決したいことを見つけようか。

見えるもの

今の私の視点では、見えないものが沢山あるのだろうなと思う。

私が昔いた組織も、上がバカなんじゃなくて考え尽くされて最適化していたということなのだろうか。

 

それからあいつが言っていることは、ある人の受け売りでしかないししかもおそらく間違って解釈しているからイライラする。

自分の頭で考えない奴は大嫌いだ。

風景描写

 昔から、共感はいらんと思っていた。

女子は共感を求めるよね、という意見に対しての反抗であった。
共感なんていらない、ほしいのはあんたの意見だったり、ビシッと解決策を言ってくれることだったり、まあそんなことをずっと思っていた。

根底にあったのは若い女らしい、とカテゴライズされることが反吐が出るほど嫌だったのだ。

でも、あれは良かった、というかぐっときた、という共感がひとつあった。

まだ寒い時期、私は人生で初めて、仕事で悩んでいた。
そして初めて、職場で泣いた。

悔しかった。
泣いている自分がバカバカしかった。
マイ・インターン」だかで、「職場で泣く女なんて大嫌い」というセリフがあったのだけれど、私もずっとそう思っていた。

人前で泣くなんて、バカな女がすることだ。

私は常に飄々としていたいし、小さいことは気に留めずに、上司からどんな無理なことを言われても根性でなんとかする、肝が座ってて頭の良い奴でいたかった。

でも現実はこうだ。
何一つ自分で満足にできない、トラブルが起こったらおどおどしてしまう。
そんな自分に耐えられずに泣いてしまった。もう、号泣だ。

そんな時、眼の前に座っていたその人もちょっと泣きそうになっていたのが可笑しかった。「分かるよ」そんな簡単に分かるよなんて言うもんじゃない。

でも、きっとこの人は本当にわかるのだ。建前で言っているのか、本気で言っているのかくらい、今の私になら分かる。

あー、この人も今の私と全く同じ気持ちになったことがあるんだろうな、ということが痛いほど伝わってきた。

私もいつか、後輩や部下が自分に絶望して泣いていたら、存分に泣かせてあげたい。
君は間違ってなんかない、それで良いのだ。

サラリーマン人生

つぎのサラリーマン人生は、私の人生仕事だけ、から脱却したい。

もちろん、仕事は大事だ。

つぎの会社は前の会社よりももっと仕事の人生における比重が大きく、会社が大好きな人が多いし、人数が少ない分、純度も高い。

でも、私の人生、仕事だけだというのは良くないなと思う。

仕事と、家での生活、創作活動、それら全てを楽しみたい。

全部終わったあとに

あー、私あの人のこと好きだったんだなあと気付いた。

よく思われないとか、気に入られたいとか、全く思わなかった。

思う隙もなかった。

その人といる時間は、いつも必死で泣きたいくらい辛くて、でも楽しくて、スリリングで、息をつく暇もなかった。

幸せだった。

もう会うことはないだろうけど、

あなたが幸せに生きていくことを願っている。

忘れらんないよ

あの人に会えなくなって1ヶ月程度経つ。

ふとした瞬間、そうだ、あれは都内某所に8時に呼び出されて朝7時に家を出た日だ。

空が最近見た中でいちばん青くて、緑の葉っぱの隙間から溢れる光、深い森で聞くような安らかな風の音、その中駅までの道を走り抜けて行った。

思い出してしまった。

夜道を歩いている時の横顔や、良い匂い。

そうだ、あの人はいつも良い匂いがした。

真夏の日の風みたいな、そんな。

泣いている私につられて、ちょっと泣きそうになっている顔や、疲れ切って項垂れている肩、ほんとうは心配だったんだ、怒っている時も。いつも真っ直ぐに気持ちを伝えてくる眼差しで、分かった。

全て終わった後に、気づく。

いつだってそうだ。気付いた時は後の祭り。

もう会えない。

最後にさよならと言った午前2時をそっと心にしまった。